以下は落藤伸夫著「事業性評価を軸とする中小企業金融支援」第6章記載の抄録です。




産業において中小企業が必要となる事情、ひいては社会が中小企業を必要とする事情は、中小企業が持つ対応力(中小企業が大企業よりも「上手く」対応できる可能性)でもって察することができると考えられる。(以下略)

① シンプルな組織に起因する低コスト性による対応力

中小企業は管理職や間接部門の占める割合が小さいので低コスト体質であるという特徴がある。それによる対応力には、いくつかの派生形が考えられる。

①−1 小さな需要への対応力

規模の経済が働かない小さな需要へも、低コスト体質であることから対応できる。

①−2 手間のかかる取引への対応力

直接に人々と触れ合う取引や、アナログな処理など手間のかかる取引は規模の経済が働き難いことに加えて、大企業が対応すると管理コストが膨大になり割高になると考えられるが、中小企業は管理コストを抑えて対応できる。

①−3 再現性のない(不確実な)取引への対応力

再現性のある取引は、一度は個人に溜め込まれた暗黙知を多人数が属する組織で共有して形式知に(コストをかけて)昇華することで大企業が面目躍如で対応できるが、再現性のない取引にはこのメカニズムを働かせるのは難しい。再現性が不確実な状況に止まる場合も同様である。中小企業の場合、再現性のない(不確実な)取引にも対応できる。(以下略)

①−4 数字に反映される以上の豊かさ

コストを低く抑えて事業を継続できるとは、主にそのような企業で構成される社会が低コストで持続可能であることを意味している。このメカニズムが働く地域に在住する企業経営者や従業員は、統計上の収入は少なくとも、実は数字以上の豊かさを享受できていると感じる者が多いだろう。(以下略)

② 意思決定の単純さによる対応力

中小企業は組織が単純なので、意思決定においてもあまり多くのメンバーは関与しない。これによる対応力にも、いくつかの意味合いがある。

②−1 意思決定が迅速である

中小企業は組織が単純なので迅速に意思決定して対応できる。欧米では意思決定の迅速性を身につけた大企業もあるが、日本においてはこのポイントは中小企業の優位性だと考えられる。

②−2 ブレが少ない

中小企業は組織が小さいため、特に理念等が浸透している企業では関係者の価値観のブレを小さく抑えられる可能性がある(但し、理念等が浸透していない企業では逆の現象が大企業以上に問題視される場合がある。また、経営者個人によるブレが問題になる場合もある)

②−3 組織横断的な対応力

大企業では、現場で生まれた知見・ノウハウは現場だけに蓄積されて経営判断に活かされない場合が少なくない。この点で中小企業では、それが容易に経営者にも伝わり経営判断に活かされる場合がある(例:製造現場で非常に難しい加工を実現したので、営業部門が「今後は類似の需要を掘り起こしていく」と決定する)

②−4 臨機応変な意思決定

大企業は多くのメンバーが意思決定に関与するため、意思決定における考慮ポイントや判断基準が予めルール化されていることが少なくなく、このため意思決定が硬直的になりやすい。一方で中小企業は意思決定がルール化されていないことが多いので臨機応変な意思決定を行える場合がある。(以下略)

③ ソフト志向での対応力

中小企業は資金力の脆弱性などから、問題が生じた時にハード面での投資による対応ではなく、従業員の工夫などソフト面での対応を志向する場合が多い。これにもいくつかの意味合いがある。

③−1 迅速性

問題解決において設備投資等は行わないので、迅速な対応が可能となる。

③−2 柔軟性

市場規模の変化や顧客志向の変化などがあった場合でも、これまでの投資が少額だったため埋没コストに惑わされることなく柔軟に対応できる。

④ 脱経済合理性での対応力

大企業の場合には多数かつ顔が見えない株主を満足させなければならない(例:配当、株価維持等)ため徹底した経済合理性でもって意思決定しなければならないが、中小企業の場合には限定された顔の見える株主や利害関係者の合意が得られれば「採算度外視で最先端の技術を身に付ける」、「当社としては利益率が下がっても、地域に不可欠な事業を止めない」などの意思決定が可能になる。

⑤ 専門性での対応力

以上の特性と小規模性があいまって、大企業にとってはニッチ過ぎる分野で専門性を高めて特異・小規模な需要に対応することが、中小企業には可能となる。この専門性を発揮する下請け中小企業が存在したことが、大企業が製造する機械設備のごく小さな部品に至るまで機能・品質等のブラッシュアップとコスト削減の両立が可能になり、日本が「ものづくり立国」と称された所以でもあろうと考えられる。

⑥ IT化により強化される対応力

IT化は、つい最近まで専用機器・システム・ソフトウエア等を必要とするためコストが莫大で、主に大企業しかメリットを享受できなかった。しかし今ではIT機器の汎用化・低価格化が進んだだけでなく、システム・ソフトウエア等においてもクラウド化などにより汎用化・低価格化が進み、中小企業でもIT化によるメリットを享受できるようになっている。中小企業がIT化に取り組んでメリットを受けると、以上の対応力が強化され、大企業にも到底及ばない対応力を発揮することがある。

⑦ リスク強靭性での対応力

以上の特性を活かすことで、大企業には取りにくいリスクを中小企業は取ることが可能な場合がある。例えば今まで困難とされた加工を要する試作品の製造は、大企業では合理的に積算できないなどの事情で対応できない場合が少なくないが、中小企業では意欲的な経営者と柔軟に対応する従業員の連携により取組を始め、実現できる場合がある。

⑧ 新陳代謝主体としての対応力

特定分野・製品の需要が次第に減退して消失する場合、それを大企業が担い続けると最後に莫大なコストが発生するが(例:カメラ・フィルム業界のコダック)、担い手のバトンを中小企業に渡していれば最終的な市場退出コストを安く抑えられる場合がある。退出も勃興も安価に実現できる中小企業による活発な新陳代謝が産業活性化やイノベーション創出に繋がるとも考えられる。

中小企業が以上のような対応力でもって活動していることを鑑みると、中小企業の全てが規模を拡大し生産性を向上させることを目指すのは、当該企業のみならず取引先企業にとっても、あるいは産業・地域社会(特に地方の地域社会)にとっても望ましくない可能性があることが理解できるだろう。企業に、規模という一面だけからしても多様な姿があることが、企業・産業・地域にとってのメリットをもたらしているのである。(以下略)

以上①から⑧に挙げた対応力を持つ中小企業が日本を支えているとすると、中小企業への支援が非常に意義深いことが理解できる。また①から⑧の対応力を持つ実際の中小企業を思い浮かべることができる読者は、これらの対応力は「小規模性」や「低生産性」、「不十分な資源」、「財務基盤の脆弱性」など、中小企業が抱いている弱点があるからこその裏返しであることも理解できるだろう。つまり①から⑧の対応力は「大規模性」や「高い生産性」、「潤沢に備えた資源」、「強固な財務基盤」を追求しなかったから実現できた果実なのである。それゆえ、中小企業の弱点ばかりを見て「中小企業を支える必要はない。それはゾンビを生きながらえさせるだけだ」と断じてしまうと、日本の活力そのものが失われてしまう可能性がある。中小企業を支えることは、日本の将来を支えることに繋がると考えられる。